『凍る大地に、絵は溶ける』 あらすじ

『凍る大地に、絵は溶ける』で、第29回松本清張賞を頂きました。天城光琴あまぎみことです。

 

正直タイトルだけ聞いても、一体何の話なのか、そもそもジャンルは何なのか、全く想像が付かないと思うので、ごく簡単に作品紹介をさせていただければと思います。

私は主にファンタジーを書いていますが、魔法も妖精も出て来ません。架空の時代小説のようなものです。

『凍る大地に、絵は溶ける』の舞台は、農耕民族と遊牧民が共存する、稲城いなきのくにという王国です。二つの民族は、過去に衝突した過去を持つものの、今は国土の北と南に住み分けておおむね平和に暮らしています。遊牧民アゴールは山羊を養いながら、冬の間は違う国にある牧草地に移動しますが、農耕民・稲城いなきのたみは一年中同じ土地で暮らしています。

そこに、ある日突然――人々の目が、動きを捉えられなくなるという異変が襲います。

腕をどんなに振っても透けてしまい、その先の草原しか見えません。誰かが走っても、音でしかその存在を知ることは出来ません。雲は静止しているように見えますが、牛くらいの速度になると、白い靄を引いたように映ります。ゆっくりとした動きであれば、かろうじて残像が景色の上に残りますが、瞬きなどの速い動きには気付けません。草原や家や、全く動かないものしか目に映らなくなります。

こんな理不尽な異変に、遊牧民アゴールは途方に暮れてしまいます。山羊が見えないので、放牧をすることが出来ないのです。何とか今までの生活が出来ないか、彼らも考えますが、次第に国を治める農耕民・稲城民との関係も変わり始めてしまい……

 

こんな世界の主人公は、遊牧民アゴールのマーラです。マーラは生き絵と呼ばれる芸の作り手で、アゴールの族長に仕えています。生き絵とは、草原の中に額縁を立て、その中で演手という人々が織りなしていく芝居のようなものです。生き絵はアゴールの伝統なので、部族同士の交流の場で、もてなしとして披露されています。

もう一人は苟曙こうしょ、こちらは稲城いなきのくにの宮廷の奇術師です。王に気に入られ、栄華を築いています。『凍る大地に、絵は溶ける』は、この二人が、目の異変に伴う理不尽な世情の移ろいに揉まれながら、もがいていく物語です。

 

 

ファンタジーというジャンルには、異世界を舞台とするハイファンタジーと、日常の中で不可思議な現象が起こるローファンタジーがあります。ですが私は、このハイファンタジーとローファンタジーを組み合わせることで、今までにない新しい世界を作りたいと思っています。異世界の中で起こる不可思議な現象を、彼らの目を通して描けば、そこには見たことがない景色が広がっている筈。そんな景色を描いてみたいと思い、この物語を描きました。

 

今まで陽の目を見てこなかった物語が、ついに世に出るのかと思うと、胸が高鳴ります。これから私の描いていく物語が、誰かにとっての〈運命の一冊〉になればと、ひそかに願ってしまいます。同じく、作家に人生を変えられてしまった者の一人として。

 

 

※出版にあたり、タイトルを『凍る草原に鐘は鳴る』に変更いたしました。