「破壊する創造者 ―ウィルスが人を進化させた―」要約

「人間はウィルスと共存して生きることは出来へんのか」

 

 「感染列島」で投げ掛けられたこのセリフに、答えを示したのが本書である。上橋菜穂子が『鹿の王』の着想を得た本として有名になったので、ご存知の方もいるかもしれない。私も『鹿の王』読了後にこの本に触れ、目から鱗が剥がれるような快感を得た。

 だが驚いたことに、税抜き1000円でしかなかったこの本は、2020年5月の時点で、Amazonで何と4000円で販売されているらしい。感染症への関心の高まりが、これほどにも洛陽の紙価を高めるとは。それほどに、今、読むべき価値が高いということだ。

 

 この本を買いたくても買えない人のために、この記事で、せめてかいつまんだ内容だけでも伝えられればと思う。

 

進化論について―はじめに

 本書で取り扱っているのは「進化の推進力となるもの」だ。なので本文に入る前に、まずは「進化」、つまりダーヴィンの自然淘汰説を簡単に紹介させていただきたい。ダーヴィンの説について、ほとんどの人は聞いたことがあるだろうが、実は社会で信じられているダーヴィニズムには誤解が多い。もしこの種の話を聞き飽きていれば、記事は次の章まで飛ばして構わない。

 もしあなたが、「進化とは、より顔が美しくなったり力が強くなったりすることなのだから、世代を隔てれば隔てるほど、種族はより優れた存在になる」と考えているならば、それはダーヴィンの意図する自然淘汰ではない。進化論の基本的な考え方は、「弱肉強食」ではなく「適者生存」であるからだ。

 たとえばある鳥の種族において、「遠くへ行けた方が生存率を高めるため、羽が大きい方が有利である」という淘汰圧や、「羽が大きいオスが素敵である」というメスの選好(これも淘汰圧の一種だ)が働いたとしよう。そうすれば羽が大きい個体の方が生き残りやすくなり、メスにも選ばれるので遺伝子を残せる。一方羽を小さくする遺伝子をもった個体は、生き残りにくい状況に置かれる上に、遺伝子が後世に残りにくくなる。膨大な時間をかけてこういうことを繰り返せば、次第に種全体が大きな羽を持つようになるのだ。

 此処からがよく誤解されるところなのだが、何が淘汰圧となるかは定められているわけではなく、状況により理不尽に変わる。例では「遠くへ行けるから」という理由で羽が大きい方が有利となったが、この「」の部分は、環境の変化により簡単に変わってしまう。しかもその変化には、何の意図も目的も働かない。強いから生き残る訳でもなければ、美しいから選ばれるわけでもない。ただ、その時たまたま必要となった条件に向かって、驚くほど緻密に、適正な個体(遺伝子)が生き残り、結果として選ばれたことになる。

 こうした「盲目の時計職人」とも呼ばれる淘汰の力によって、種は少しずつ変化していく。この変化のことを、進化と呼ぶ。此処まで読んでいただければお分かりだと思うが、進化は、初めから設計図があるわけではない。そのため、時には多くの不具合がある。人間の眼球に「盲点」なるものがあるのも、この事実を証明するために引かれる例として有名だ。完璧な肉体を目的として身体を設定したならば生まれようもなかったものだが、進化はそのように身体をデザインするものではないのだ。

 

 ちなみに。もし、「何故社会で信じられている「進化論」は「弱肉強食」のニュアンスのように誤解されているのか?」という疑問を持たれたら、吉川浩満『理不尽な進化』(朝日出版社)が詳しく解説しているので、手にとってもらいたい。

 

1.生き物に宿るウィルス

 さて、本題に入ろう。本書が取り上げているのは、「進化の推進力となるもの」だ。「羽を大きくした方が有利だ」という状況であっても、ゲノム(遺伝情報)が変わらなければ変化は起こらない。そのゲノムの変化を起こす原因は、主に3つある。一つめは「突然変異」、二つめは「共生発生」、三つめは「異種交配」である。この中でも「共生発生」の話が興味深いので、この記事では「共生発生」について解説していく。

 

とあるウミウシの話

 まず、「エリシア・クロロティカ」というウミウシの話をしよう。このウミウシは、生まれてすぐ藻類の糸状体を探し求め、見つかればこの藻類に付着し、食べ始める。藻類の細胞壁を破り、葉緑体を吸い出し終わると、ウミウシは口を失い、その後は生涯、太陽のエネルギーだけで生きていくことになるのだ。

 だが、ウミウシの体内に取り込まれた葉緑体が存続するためには、タンパク質が必要だ。この供給に必要とされる重要な遺伝子は、進化の過程の中でウミウシの細胞に受け渡されたらしく、その過程にはウィルスが関与したということが分かっている。逆転写酵素と呼ばれるものを持つこの種のウィルスはレトロウィルスと呼ばれるが、どうしてこのウィルスが、植物界、動物界という全く異なる世界の生物を結合させたのか、残念ながらその仕組みは現在分かっていない。

 だが、このウィルスが起こしている現象はこれで終わりではない。卵の産み付けが終わるとすぐに、ウミウシたちは必ず病気になり、死ぬことになる。この時、体の内部にあったウィルスたちが、あらゆる組織、器官に充満するからだ。つまり、生きていくために欠かせない遺伝子操作に関与したウィルスが、突如、敵に変わるということになる。まるで、死が予めプログラムされていたかのように。

 

 「共生」の単語のなかにこんな不思議な現象が隠されていたことに、私は目を見張った。のみならず本書は、ウミウシだけではなく哺乳類もまた、ウィルスと共進化してきたという。

 

ヒトゲノムの中に

 実は自然界にあるウィルスのほとんどは、宿主と長期にわたる関係を維持するため、宿主を大きな病気にはしない。だが時には、ウィルスが新たな宿主と良好な関係を結べないこともある。この結果、宿主の数は減少するが、そうして生き残った集団の遺伝子構成は、感染前の集団とは異なってくる。こうして生き続ける宿主とウィルスは共進化し、やがて相利的な関係を築いていくという訳だ。

 

「えっ、ウィルスがヒトの中に生き続ける?!」

 と、意外な思いを抱く人も多いだろう。しかし過去にそういうことが繰り返されてきた証拠は、私たちのゲノムの中に眠っている。ヒトゲノムの構成要素の内訳はご存じだろうか。タンパク質の合成に必要な情報を保持する「遺伝子」は、全体のわずか1.5%。この遺伝子の割合よりも、人間に過去に感染したウィルスの名残とされるHERV(ヒト内在性レトロウィルス)の方が多く、9%を占める。これよりもさらに多いのが、13%を占めるSINE(短鎖散在反復配列)、21%を占めるLINE(長鎖散在反復配列)と呼ばれる部分だが、何のために存在するかは分かっていない。更に、ゲノムの残りの52.5%の詳細も不明だ。

 

 ほとんどがよく分からない物質であるという事実よりも、私たちの中に、遺伝子よりもウィルスの占める割合の方が多いことに驚かれることだろう。だが、これはおかしなことではないのだ。ウィルスは、遺伝子や、それを働かせる機構を棲み処とする。それにレトロウィルスは、宿主の細胞の核に自身のゲノムを注入して宿主のゲノムと自らを結合させ、宿主のゲノム制御機構を乗っ取って、自分のコピーを強制的に造らせるのが専売特許である。さらにレトロウィルスには、ゲノムの融合を起こす「内在性化」という重要な能力を持つ。これが起こると、自由に動き回って他の個体に感染できたウィルス(外在性ウィルス)が、生殖細胞に定着して内在性ウィルスに変わり、宿主のゲノムの一部として、ほぼ永久に生きられるようになるのだ。これは、「共生によって新たなゲノムが生まれた」ということも出来る。

 筆者は、ヒトゲノムの34%を占めるLINEとSINEは、この種のレトロウィルスに由来するのではないか、と推測している。

 レトロウィルスの遺伝情報が転写されたDNAが、宿主のDNAに組み込まれた状態を「プロウィルス」と呼ぶが、この「プロウィルス」が「内在性レトロウィルス」に変化したのを目撃した例もある。オーストラリアで急増した、血球の癌にかかるコアラだ。調べてみるとこの病は、個体と個体が接触することによって感染する「外在性レトロウィルス」ではなく、コアラの生殖細胞系に侵入した「内在性レトロウィルス」によって引き起こされていると分かったのだ。そしてコアラの子供には、この「内在性レトロウィルス」が関与した生殖細胞のゲノムが伝えられたことが確認された。

 つまり、ウィルスが関与して元々のゲノムが変化した様子を、目の当たりにしたことになる。

 

2.ウィルスがもたらす利益、不利益

 実はレトロウィルスに由来する能力の中には、私たちヒトの生存に欠かせないものがある。それが「胎盤」である。胎盤の役割は、胎児の抗源と母親の血球が触れあって拒絶反応を起こすのを防ぐことだ。この胎盤を作るには、細胞同士が一つ一つの細胞膜をなくすことで融合し、薄いプラスチック膜のような「合胞体」になる必要があるが、元来、私たち脊椎動物の細胞には、このような合胞体を作るような能力は備わっていないというのだ。

 だが、HIV-1のようなレトロウィルスには、哺乳類の細胞を融合させる力がある。それを裏付けるように、このような細胞の融合を可能にするタンバク質を合成するための情報は、ヒト内在性レトロウィルスの領域で見付かったのである。レトロウィルスとの遺伝子レベルでの共生が、ヒトの進化に関与していることを示す一例である。

 

 だが、ウィルスは人間に利益だけをもたらしてくれるものだと、安易に考えることも出来ないようだ。例えば、動物に自己免疫疾患をもたらしたのもまた、ウィルスである可能性が高いらしい。自己免疫疾患とは、本来は外部から持ち込まれたものを攻撃する筈の免疫システムが、誤って自分の細胞を攻撃してしまうことだ。これはウィルスが、宿主の動物自身の抗原の擬態をするために、免疫システムは自らの組織を損傷させるような反応をしてしまうのだ、と主張する研究者もいる。

 レトロウィルスに関する謎はまだ完全には解き明かされていない。ウィルスが生き物の進化にどのように影響したのかという説明も、まだできないだろう。

 

 だが、一つ確かに言えることがある。ウィルスが存在しなければ、私たちは、今の私たちではなかっただろう、ということだ。

 

おわりに

「生き物はみな、病の種を身に潜ませて生きている。身に抱いているそいつに負けなければ生きていられるが、負ければ死ぬ」

 

 『鹿の王』のリムエッルという医師の言葉だ。『鹿の王』の冒頭には、〈光る葉っぱ〉という生物が登場しており、これは、エリシア・クロロティカがモチーフになっていると考えられる。

 『鹿の王』では、「病の種と共存する」主人公ヴァンと、「病を滅びの手段として使おうとする」者たちが描かれる。この本を読んで、私は病に対する考え方が変わった。

 

 ウィルスは、私たちに害だけをもたらす存在ではない。

 だが、かといって、利益だけを与えてくれる存在でもない。

 

 この『破壊する創造者』は間違いなく、あの素晴らしい作品の根本を支えるものであった。

 

 ウィルスは間違いなく、生き物の進化に一枚噛んでいる存在だ。だがその進化は、「ウィルスを撲滅するために人間が強くなった」という、単純な考え方だけでは説明が出来ない。もっと複雑で、とらえどころのない興亡とせめぎあいが、私たちの身体の中で起こっていたのである。

 

 COVID-19で大切な方々を亡くされた人もいるだろう。職を失ったり、減給の憂き目に遭った人も多いと思う。ウィルスなんて、全てこの世から根絶してしまえば良いのに――そう思ってしまうのも自然な流れだ。確かに社会的な側面やミクロな視点からすれば、ネガティブな影響ばかり引き起こしているようにも見える。交通手段の発達も裏目に出て、爆発的な流行となってしまったからなおのこと、その印象が強い。

 

 だが、COVID-19を害だと断ずることは今は出来ない。この新しいウィルスが私たちの身体に引き起こすかもしれない変化は、途方もない年月の果てにしか、答えが出ないものなのだ。

 

 生き物――ここでは便宜上ウィルスも含める――は、生きようとしているだけだ。進化をしようとしているわけでもない。害や利益を与えようと考えているわけでもない。生存の道を探るために、別のモノを排斥したり、或いはそのモノと共存したりしながら、ただ手探りで形を変えているだけだ。

 

 このCOVID-19が、ヒトの進化に影響を与えるかは分からない。だが今、私たちの身体に、新たな足跡が刻まれようとしているかもしれない――そんな想像に、私は神秘を感じてしまうのだ。

 

 

 

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価格が落ち着いた頃に、是非。

公開日:2020/5/26